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特集:山本貴志さん ショパンコンクールへの道
1987年、長野県長野市にある保育園。オルガンでお歌を弾く先生を、後ろのほうでただじっと聞いている子供がいた。楽譜もなにもない。だが彼はその幼い耳だけでメロディと伴奏を覚え、そらんじて弾いてしまうほどの才能をみせた。幼き日の山本貴志さんだ。山本さんのお母様は今でも懐かしそうに振り返る。
「『ピアノ好き?』ってきいてみたんです。そうしたら『うん、すき。』って。」
そこで4歳から、保育園にてピアノの個人レッスンを始めることになったのだが、それは想像していた楽しいピアノとは少し違ったものだった。来る日も来る日もありきたりの練習ばかり。技巧偏重のレッスン内容に魅力を感じることができず、お母様は半年後、退会を決意した。
もともとお父様もお母様も、音楽が好きだった。特にジャズだ。ジャズを聴いていると幸せな気分になれる。音楽と、音楽の楽しさがお好きだったといえるかもしれない。そんな音楽好きの一家を、当時、ヒオキ楽器の担当者が訪ねている。将来楽器を買うための積立の誘いだったが、お母様は快諾した。これが後の貴志さんの音楽人生をスタートさせるきっかけとなる。1986年のことである。
保育園の教室はやめたが、音楽は続けさせたかった。そこで積立に入っているヤマハの音楽教室はどうだろうかと、1988年、5歳で幼児科に入会した。入会の動機についてお母様はいう。
「歌を歌ったり、とても楽しそうなレッスン内容だったんですよね。」
音楽は楽しくさせたい。そんな山本家のポリシーがこの頃から貫かれていた。
山本貴志さんが通ったヒオキ楽器ヤマハ音楽教室柳原センター(長野市・柳原駅前)。
長野電鉄・柳原駅前の閑静な住宅地に位置し5月にはアヤメの花の群生が美しい。
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